もってけ!セーラーふく(小池雅也remix)
ご無沙汰しております。
アニソン批評って恥ずかしいことなんじゃないかと悩んでおりました(笑)。
その原因は、今月8日に出た、もってけ!セーラーふくremixの谷口バージョン。あまりにショックで何度も聴いてしまいました(谷口云々は除いて、小池兄貴のアレンジは同CD中一番カッコいいと思いますよ)。
それにしてもこの谷口ネタ。これは完全にMADなわけで、これまでアマチュアが作っていた二次創作をプロが作ったという意味で画期的だといえる。もちろん、東浩紀のいうように「綾波育成計画」が二次創作的だとしても、アマチュアが作ったゲームとに「同人」ゲーム、という接頭辞がつくように、ゲームはまだまだプロが作るものという感覚が強いと思う。MADは「同人」MADという言葉がないように、もともとアマチュアの持つ「特権」だったのであり、そこにプロが参入してきたという衝撃は深い(この点については既に指摘している人がいますね)。
その衝撃とは、MAD潰し(特に音声切り貼り系MAD)という意味合いでの衝撃もあるが(これはすでに白石実写EDで議論になってますね。私見では、それでもMADはしたたかに生き残ると思う)、それ以上に、「音楽はネタである」ということを作り手自らが示したという衝撃である。ぼくは、まだ心のどこかで「音楽(アニソンでいえば電波ソング)にはまだ可能性がある」と思っていた。そこにこのremixはわざと素人臭いMAD的な造りにすることで、「曲を作るのも同人誌を描いたりするのと変わらないよ」「音楽も二次創作的なんだよ」ということを作り手自ら宣告したのだ。うっすらとは実感していた(そして認めたくはなかった)、いまの音楽が剽窃でしか成り立っていないという事実を、激しく実感してしまったのだ。
二次創作が一次創作(原作)と同列に扱われる時代である、という東の指摘はたしかにその通りで、感覚的に表せば「下流から上流」への「遡上」はもう珍しくない(例:ちゅるやさん)。しかし今回らきすたの仕掛けたMAD騒動は、「上流から下流」に下ってきた点で新しく、このremixが音楽の剽窃的性格を聴き手に突きつける格好になったと思うのだけど、どうだろう。いまさらこんなことで衝撃受けてもしょうがないだろと言われたらそれまでですが・・・。
で、こういうサイトを続けるかどうかは思案のしどころ。ネタとして楽しむとき、そこには批評的精神など何の意味もない。まさに「ネタにマジレス」。アニソンマガジンなる雑誌を見たときの違和感も多分そのへんにある。何かアニソンをやたら持ち上げてて、気味が悪い。
さらにこういった傾向が続いてしまうと、そのうち「作り手→受け手」という一方的な関係しか成り立たなくなってしまう気がする。萌えビジネスが既にそういう方向に向かっているけど、音楽もそうなるんだろうか。(ちなみに上記雑誌はどうも「アキシブ系」なるものを流行らせたいようで、流行らなくなった渋谷系(笑)の人たちがアニソン界にいらっしゃることをフィーチャーしている。オタクはどうせ渋谷系知らねぇだろうから適当に混ぜときゃ売れるだろうみたいな発想はいかがなものか…Perfumeのヒットは例外だと思う。)
ところで、漫画の批評をする人は数多かれど、同人誌の批評をしている人が全然いないような気がするのは何でだろう・・・?
アニソン批評って恥ずかしいことなんじゃないかと悩んでおりました(笑)。
その原因は、今月8日に出た、もってけ!セーラーふくremixの谷口バージョン。あまりにショックで何度も聴いてしまいました(谷口云々は除いて、小池兄貴のアレンジは同CD中一番カッコいいと思いますよ)。
それにしてもこの谷口ネタ。これは完全にMADなわけで、これまでアマチュアが作っていた二次創作をプロが作ったという意味で画期的だといえる。もちろん、東浩紀のいうように「綾波育成計画」が二次創作的だとしても、アマチュアが作ったゲームとに「同人」ゲーム、という接頭辞がつくように、ゲームはまだまだプロが作るものという感覚が強いと思う。MADは「同人」MADという言葉がないように、もともとアマチュアの持つ「特権」だったのであり、そこにプロが参入してきたという衝撃は深い(この点については既に指摘している人がいますね)。
その衝撃とは、MAD潰し(特に音声切り貼り系MAD)という意味合いでの衝撃もあるが(これはすでに白石実写EDで議論になってますね。私見では、それでもMADはしたたかに生き残ると思う)、それ以上に、「音楽はネタである」ということを作り手自らが示したという衝撃である。ぼくは、まだ心のどこかで「音楽(アニソンでいえば電波ソング)にはまだ可能性がある」と思っていた。そこにこのremixはわざと素人臭いMAD的な造りにすることで、「曲を作るのも同人誌を描いたりするのと変わらないよ」「音楽も二次創作的なんだよ」ということを作り手自ら宣告したのだ。うっすらとは実感していた(そして認めたくはなかった)、いまの音楽が剽窃でしか成り立っていないという事実を、激しく実感してしまったのだ。
二次創作が一次創作(原作)と同列に扱われる時代である、という東の指摘はたしかにその通りで、感覚的に表せば「下流から上流」への「遡上」はもう珍しくない(例:ちゅるやさん)。しかし今回らきすたの仕掛けたMAD騒動は、「上流から下流」に下ってきた点で新しく、このremixが音楽の剽窃的性格を聴き手に突きつける格好になったと思うのだけど、どうだろう。いまさらこんなことで衝撃受けてもしょうがないだろと言われたらそれまでですが・・・。
で、こういうサイトを続けるかどうかは思案のしどころ。ネタとして楽しむとき、そこには批評的精神など何の意味もない。まさに「ネタにマジレス」。アニソンマガジンなる雑誌を見たときの違和感も多分そのへんにある。何かアニソンをやたら持ち上げてて、気味が悪い。
さらにこういった傾向が続いてしまうと、そのうち「作り手→受け手」という一方的な関係しか成り立たなくなってしまう気がする。萌えビジネスが既にそういう方向に向かっているけど、音楽もそうなるんだろうか。(ちなみに上記雑誌はどうも「アキシブ系」なるものを流行らせたいようで、流行らなくなった渋谷系(笑)の人たちがアニソン界にいらっしゃることをフィーチャーしている。オタクはどうせ渋谷系知らねぇだろうから適当に混ぜときゃ売れるだろうみたいな発想はいかがなものか…Perfumeのヒットは例外だと思う。)
ところで、漫画の批評をする人は数多かれど、同人誌の批評をしている人が全然いないような気がするのは何でだろう・・・?
manzo「マイペース大王」
久しぶりにライブ映像について。これもまたいいライブなんですよ。日本ブレイク工業のmanzoが2005年のワンダーモモーイツアーでワンコーナー持ってたときの映像(@渋谷O-EAST)。現在売られているDVDには版元の関係で収録されていないので(←一度販売元が変更されてる)、貴重な映像。この盛り上がりのあとに名曲「ワンダーモモーイ」に雪崩れ込むという流れも素晴らしい。
この曲はもともとライブ向きの曲(←各楽器にちゃんと見せ場がいっぱいある。manzoの編曲はどれもそんな感じで(・∀・)イイネ!!)で、しかも客のレベルが高い。映像の編集もちゃんと各楽器のカットが用意されているので、見ていて楽しいことこの上ない(avexになってからのモモーイDVDの編集はそりゃもうひどいもんで・・・全然バックバンドが映ってない)。ニコ動のコメントも盛り上げに一役買ってる。
やっぱりバンドがいるといないとでは全然違う。この点、こないだ見た涼宮ハルヒの激奏はひどい映像だった・・・平野の例の2曲だけがバンドだったのだけど、これですら意味不明な編成で、しかも本人が弾けないギターを背負うというもの。まぁこれを許すとしても他の曲は全てカラオケ大会・・・。
こういったライブは1200人程度の箱で(もちろんバンドつきで)やるのが一番いいと思う。
ave;new「ラブリー☆えんじぇる!!」
タイトルで引く人はまだ通常人なので、その感性を大切にして欲しいと思う(笑)。
何故電波ソングを聴けるようになった(というと自分でも腹立たしいので「好んで聴くようになった」と言おうw)のか、その理由についてぼくはずっと疑問に思ってきた。最近ようやく何となく答えが出たのでついでに記しておきたい。cf.当サイトの考える電波ソングの定義については、こちら(自サイト内「すごく簡単なモモーイ史」)を参照して下さい。
まず、声フェチであることを潔く認めなければならないだろう。古くは丹下桜や國府田マリ子、今では桃井はるこらの甘ったるい声が好きなのは最早フェティシズムという言葉をおいて他に表せない。
音楽のつくりも当然そのような声に合わせて作るほうが破壊力が増すので、電波系のアレンジが多くなる(丹下らの時代は違ったけど・・・あーでも例のニッポン放送の歌〔下記リンク参照〕とか電波かも)。そしてバラードは似合わないから当然テンポは早いものになるし、ピコピコ感も高いものになる。
詞の問題も大きい。これについては、既成のロック・ポップのどうしようもない閉塞感にいい加減嫌気が差していたという状況がある。かつてのフォークのような「大きな世界」を問題にするのはとうに時代がそれを許さなくなっているし、かといってポストフォーク時代の「何を聴いても愛やら恋やらの紋切り」も、辟易する以外の感想を持たなくなってしまった。「日常のささいな幸せ」みたいな詞も同様。もうそれらは「アーティスト様」のオナニーにしか見えないのだ。電波ソングの詞はほとんどが意味のない単語の羅列で、よくてゲーム内容に関連しているかな、という程度。これは立派な虚無主義だと思う。むしろ、意味のない単語によってボーカルの甘ったるい特質を際立たせるという側面が大きい。このへんはビジュアル系の意味不明な歌詞とも相通じる感性がある(歌詞の意味を放棄してイメージに走るという点で)。
ここで電波ソングを過度に持ち上げることは避けたいのだが、ジャンルとして比較的新しい、という美点は挙げてもよいと思う。電波ソングのハシリである「メイドさんRock'n Roll」の発表が1998年だから、まだ10年も経っていない。今ちょうど爛熟期を迎えていてこれからは退潮期なようにも思えるけれど、それでも「流れ」の中にいられるというのは十分に刺激的だ。もちろん、音楽の再生産性は電波ソング内にも十分あるわけだけれども、最初は「詞だけ電波」だったものが、アレンジや旋律にも電波分を持たせたものが主流になり、なかなか面白い状況になっていると思う。
という私的まとめを恥ずかしげもなく(いや十分恥ずかしいけど)晒したところで、本題に入ろう。この曲は、ave;newによる電波ソングブランド「あべにゅうぷろじぇくと」の中でも圧倒的に一番好きな曲だ。とにかく耳に音の洪水を流し込まれているようなテンポとアレンジが強烈で、電波ソングの構成要素として不可欠な(笑)ボーカルの甘ったるい声(佐倉沙織)とのマッチングも良好。詞も全く意味をなさず、もう「考えるな」と言わんばかりだ。この辺は時代の空気を読んでいるのかもしれない・・・(「空気」自体の是非は割愛する)。
ave;newは比較的若い人たちが作っているのでいろんなバリエーションの曲があるが、やっぱり電波ソングのテンポは早いほうがいいし、同時発音数は多いほうがいい。聴覚で感覚できるギリギリのところが面白いと思う。その意味でこの曲はどちらも満点に近い水準を満たしているのだ。ave;newの中でも、電波ソング界においても、後世に語り継がれるであろう名曲。
でもやっぱりタイトルは恥ずかしいよね、ちょっと(´・ω・`)。
2007年度高校総体・新体操
音楽にしても小説にしても映像にしても、いいものといえる簡単な目安として「早送りしたくならない」というのがあります。これはそのいい見本。最近ちょこちょこ動画をいじり始めたからか、こういう新体操とMADって殆ど同じだなぁ、とも思った。素晴らしい!
うp主デビューしました。
遅まきながらご報告です。先週末、うp主デビューしました。
ニッチすぎて再生数はまだ100ですが、一部の方には喜んでいただけたようで、何よりです。
さて、今回のアップロードは動画編集&エンコードの実技演習も兼ねていたのです。次はアイマスPVを画策中。画質に関してはテストを重ね、そこそこな高画質(←日本語おかしい?)は確保できるようになったので、あとは気長に作っていこうかと。
先人の到達したものを見るのも大事ということで、まずはこれを。技術面では最も好きな作品。作った人はプロらしいという話を聞いて納得。エフェクトが凄すぎる・・・。
ニッチすぎて再生数はまだ100ですが、一部の方には喜んでいただけたようで、何よりです。
さて、今回のアップロードは動画編集&エンコードの実技演習も兼ねていたのです。次はアイマスPVを画策中。画質に関してはテストを重ね、そこそこな高画質(←日本語おかしい?)は確保できるようになったので、あとは気長に作っていこうかと。
先人の到達したものを見るのも大事ということで、まずはこれを。技術面では最も好きな作品。作った人はプロらしいという話を聞いて納得。エフェクトが凄すぎる・・・。
KOTOKO「Princess Bride!」
今更ながらアイマスPVに目覚めつつある保木男です、こんばんは。
動画職人さんたちの技巧ももちろん楽しみですが、いろんな曲に出会えるというのも大きな楽しみです。この曲は、そんななかでも特に出会えたことに感謝したい超一級の電波ソング(作詞:うつろあくた、作曲:KOTOKO、編曲:SORMA)。
サビがすごい。韻と繰り返しのしつこさが耳にこびりつくという点ももちろんだけど、特にすごいのが音の上昇・下降。同じ音から6回連続で下降(→落ち着く印象)して、最後に同じ音から上昇(→高揚感)するという、この組み合わせの焦らし感たるや!例えるならこんな感じ。
Lovin' (´・ω・`)
Callin' (´・ω・`)
Feelin' (´・ω・`)
Healin' (´・ω・`)
Kissin' (´・ω・`)
Again (´・ω・`)
Darling! (・∀・)キュンキュン!
編曲もハイレベル。
曲を通して見ると、Intro1→Intro2(I Wanna Be...)→Aメロ(今から胸ドキドキ...)→Aメロ(二人の進度...)→Bメロ(お見通しよ...)→サビ(乙女のプライド...)→Aメロ→Bメロ→サビ→間奏→Intro2→Intro2(転調)→サビ、という流れになっている。
まず前半をみてみよう。A'メロみたいになっているIntro2を経てAメロを2回繰り返してからBメロに行っている。Aメロを2回繰り返すのは結構ありがちだけれども、Intro2に歌が乗っているのと、各部の間に微妙な間奏が数小節挟んであるのとで、聴き手は微妙に焦らされている感じを受ける。この焦らしのあとにあのサビがきたら・・・!
その後はスタンダードにA→B→サビときて間奏に入る。
その次がまた面白くて、Intro2を転調しながら二度繰り返す。これで聴き手は「このあとまだAメロBメロがあるのか・・・」という焦燥感にかられます。早くあのサビが聴きたい・・・!そこに突如サビ突入。強烈な違和感とともに最大の官能が脳を襲うわけです。
サビになって入るタンバリンも彩りを添えて素敵。ついでに言うと、動画の歌詞の入りもここだけ一語ずつ出てきて、サビの効果を高めている。携帯プレーヤーで聴くときここの字幕が頭に浮かんでくるくらいに。
「『ルパン三世のテーマ』メドレー」
冒頭4作(〜6:00頃)が曲・画ともにハイレベルで見る価値ありかと。時代が回ってもいいものはいいということか(むしろ今こういう世界観があってもいいような気がする)。鈴木清順(映画監督)なんていう大物が関わっていたのも頷ける・・・今ではこんなことないですよねぇ。コメント非表示推奨。



